なんかあやめさんにめっちゃ絶賛されたと思う奴

死を目前にした人間は2種類いるらしい。
一つは、死ぬまでを楽しもうとする人間。
もう一つは、死を受け入れる人間。
どちらがいいのかなんて知らないが、
一番は死なないことなんだと思う。

午後六時半過ぎ、俺はとある廃屋の前に立っている。
背後には、一人の少女。
何をするかって、言うまでもなく『仕事』をするためだ。
「えっと、ここで合ってるのかな?」
俺は、背後で怯えてる少女に問いかける。
「はい・・・合ってます」
死にそうな声で返事をされた。
こっちまで死にそうになるっつーの。
「でも・・・本当に大丈夫なんですか?
奴を追い払ってくれるんですよね」
またまた死にそうな声で質問された。
俺は、それを振り払うように陽気に答えた。
「ええ、もちろん大丈夫です」

さて、そろそろ俺の仕事について説明しなければなるまい。
俺の仕事というのは、簡単に言うと幽霊退治である。
といっても、漫画やアニメで見るような派手なものではなく、
説得して追い払う結構地味なものである。
万が一説得に応じない場合は暴力に訴えかけることもあるが、
そうなることは稀だ。

「え、そんな簡単に追い払えるものなんですか?」
この死にそうな少女に説明した際、こんなことを言われた。
結構よくある質問である。
なぜこんな質問がでるのかといえば、
人々の幽霊に対する認識が間違ってるためである。
幽霊は、本来なりたくてなってるわけではないのだ。
幽霊に目を付けられてしまった魂が幽霊になるだけである。
言うなれば道連れである。
しかし、目をつけられたやつにも原因はあるのだ。
幽霊は、自身をしっかり保ってない不安定な魂にしか目をつけないからだ。
要は、地に足をつけて生きましょうってことだ。

さて、目の前の仕事に話を戻そう。
どうやらこの廃屋に悪霊がいて、夜な夜なけたたましい叫び声をあげ、
周囲の住人を困らせているらしい。
それだけならよかったのだが、
この少女の家に『遊びに来る』らしいのだ。
やむを得ず、俺に頼むことになったらしい。
なぜこの少女の家かってのは大体予想がつく。
どうも、この少女の魂が相当なものらしい。
とある事情でも俺にもよく判別かつく。
なんというか、オーラが見えるのだ。
死にそうな外見とは裏腹に、この少女は
満月のように神々しく銀色に輝いている。
そりゃあ、欲しくもなるよな。

「さて、そろそろ退治しますんでここで待っててください」
俺は、できるだけ安心させるように言った。
少女が答える。
「はい、わかりました。幸運を祈ります」


俺は、今にも壊れそうな引き戸を開けて中に入った。
その瞬間、俺は戦慄した。
他に言い表す言葉が見つからない。
これは、まぎれもない恐怖だ。
外と中とで、春と冬ほどの温度差があった。
「話はしっかりと聞いていたわ。私を退治しに来たらしいわね」
急に上から声がした。
しかし、このぐらいで悲鳴をあげるほど俺は落ちぶれちゃあいない。
「ふん、そのつもりさ」
まあ少しは驚いたが、慣れればなんてことない。
「さあ、アンタには消えてもらおうか」
精一杯の大声で叫んだ。
「そんなわけさせるものですか。私は消えたくなんかないの」
不意に、目の前の暗闇からフォークやらスプーンやらが飛んできた。
この幽霊、なかなかのものらしい。
が、たいした速度でもないので、俺は軽く3歩ほど右によけた。

・・・待て。
何かが引っかかる。

しばらく、考え込む。
「あら、どうしたのかしら。もう私を追い払う気がなくなったのかしら?」
そんなことを言われた。
だが、俺の耳には入っていなかった。

そして、答えが出た。

「あんたって、腐ってるだろ?」
そんな無礼な言葉が、俺の口を突いて出た。
「な、急になによ!どこが腐ってるっていうの!?」
口ではそうは言ってるが、明らかに動揺しているようだ。
追撃開始。
「あんた、幽霊に魂を売ったんだろ?」
「あ・・・うう・・・」
図星らしかった。
何も言えない様だ。
「アンタはどうせ、死から逃げたくて必死にこの世にしがみついてるだけなんだな。
それなら、アンタは幽霊でも人間でもない。ただのカスだな」
ちょっと言い過ぎかもしれないが、このぐらいがちょうどいいかもしれない。
とにかく、これは俺の本音だ。
幽霊になる条件は、詳しく言うともう一つある。
死を、受け入れることだ。
まあ死を受け入れた人間に幽霊は目をつけることが多いのだが。
「死に立ち向かうことも、死を受け入れることもない奴は存在する意味なんて」
俺は、目の前のカスにとどめを刺す。
「ゼロだ」
そう言い切った瞬間、そいつの体は崩壊を始めた。
輪郭がどんどんぼやけていく。
「さて、俺が成仏させてやるんだ」
俺は、精一杯の哀れみの言葉をかけてやる。
「光栄に思え」


「終わったんですか?」
扉の向こうから声がする。
隙間から、あの少女が覗いていた。
どうやら見ていたらしい。
「ああ、終わったよ」
俺は、さっきと変わらない陽気な声で言う。
「ありがとうございます。でも・・・」
どうやら何か言いたげな様子だ。
「でも、何なのかな?」
「なんで、あなたはそんなに幽霊に詳しいのですか?」

何で、聞いてくるかな。
どんだけ鋭いお嬢さんなんだよ。

「強いて言うなら、俺も幽霊だからだ」
俺は、吐き捨てるように言った。
「え、それってどういう・・・」
「もういい、俺は帰る」
俺は、少女を制して言った。
怒っているわけではない、虚しいだけだ。
誰に言ったって、わかってくれるはずがない。
「じゃあ、帰るね。怒鳴ってすまない」
今にも泣き出しそうな少女に向かって言った。
「君は絶対に、俺やあいつみたいになるなよ」

たぶんあの幽霊は寂しかったのだろう。
誰にも気づかれることもなく存在することが。
だから、叫んだのだろう。
己の存在を、とても無様な手段で。

とても、綺麗な満月の夜だった。